隣の客はよく紙喰う客だ

一般的なランチタイムの日常

メスガキこわい

 

(高座にて)

えー、世の中には怖いものってぇのが人それぞれございますな。

地震、雷、火事、親父なんて申しますが、最近の若い衆は違うそうで。

「既読スルーが怖い」とか、「上司との一対一が怖い」とか、妙なことを申します。

長屋の若い者どもが集まって、怖いもの自慢をしておる。

「おれぁ蛇がだめだねぇ」

「いや、熊が怖ぇ」

「幽霊ってぇのが一番いけねぇ」

なんて言っておりますと、ひとり、やけに静かな男がおる。

熊公ってぇ男で。

「おい熊、てめぇは何が怖ぇんだ?」

「……言わねぇ」

「なんだなんだ、もったいぶりやがって」

「いや、あっしの怖ぇものは、ちっと洒落にならねぇ」

「言え言え!」

「笑うなよ?」

「笑わねぇよ!」

熊公、しばらく黙っておりましたが、小声で、

「……メスガキが怖い」

一同、

「はぁ?」

「なんだそりゃ!」

「子供が怖ぇのか?」

「違ぇんだよ……あの、妙に口が達者で、生意気で、人を見下したような顔で、“ざぁこ♡”とか言ってくる類の……」

「なんだその限定された恐怖は!」

「怖ぇんだよ! あいつらは!」

「お前なぁ、いい歳した男が情けねぇ!」

みんな面白がって、

「よーし、それじゃ熊公にメスガキをぶつけてやろう!」

ってぇんで、町内で一番口の達者な娘を呼んでくることになった。

しばらくして、小娘がやってくる。

これがまぁ、小柄で偉そうで、腕なんぞ組んでやがる。

「へぇ〜? あんたが“メスガキこわい”って言ってたおじさん?」

熊公、ぶるっと震える。

「ひっ……!」

「なにその顔〜? 本当にビビってるじゃん♡」

周りは大笑い。

「おい熊! しっかりしろ!」

娘っ子、さらに畳みかける。

「もしかして、年下の女の子にからかわれるだけで動揺しちゃうタイプ〜?」

「や、やめろ……」

「うわ、図星? ざぁこ♡」

熊公、顔真っ赤。

「ひぃぃ!」

「効いてる効いてる♡」

長屋中、大爆笑。

ところが妙なもので、人間、慣れてくる。

最初は震えてた熊公も、だんだん様子がおかしい。

「……」

「ん? どうしたのおじさん?」

「……もう一回言ってくれ」

「は?」

「その、“ざぁこ♡”ってやつを……もう一回」

一同、
「おい!!」

娘っ子も引いてる。

「え、なに……きも……」

「あと、“よわよわ♡”ってのも頼む……」

「調子乗んな!」

ぺしーん! と扇子で頭を叩かれる。

熊公、満面の笑み。

「ありがてぇ……」

「怖がってたんじゃねぇのかお前!」

熊公、しみじみ。

「いやぁ……やっぱり怖ぇもんは近くで味わうに限るねぇ……」

みんな呆れて、

「お前、それ怖いんじゃなくて好きなんじゃねぇか!」

すると熊公、真顔でこう申します。

「違ぇよ……好きになっちまうのが怖ぇんだ」

(下げ)